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京の茶室



【その1】茶の湯と京都


華道、茶道・・・というと、女性が年頃になると花嫁修行でみんな揃ってお行儀よく、強制的にさせられるものというかんじがしていて、あまのじゃくだった私は、じつは敬遠していたんですね。ところが、なぜか京都出身の女性というと、世の中では、茶道、華道は当然身につけていると思われている!!とくに地方へ行くと、必ずといっていいほど、あたりさわりのない会話の中で、「お茶をやっているので、年に一度は京都へ行くんです」とか、「うちの家内がやっていまして・・・」という話になるんです。その度に、私は「いやぁ~そうですかぁ~」と、特別バージョンの甲高い京都弁で、冷汗たらたらで切り抜けてきたんですね。(笑)まぁ、今さら習いに行くというのも気恥ずかしいかんじがして、きっかけがつかめずにいたんですが、そろそろ、この歳では笑って許されなくなってきたぞとあせっていたところ、御縁があって、ようやく茶道をはじめることなりました。まだまだロボット状態でしか動けない私はあたたかいお師匠様のまなざしに見守られ、足のしびれと格闘しています。


けれども、普段の生活で人とのコミュニケーションをはかる時に、適当に横着にやりすごしていたことで、思い当たることがたくさん茶道の作法のなかにはあります。ちゃんと、学んだものは実生活に自然に活用できるようなものですから、花嫁修行としてとりあえずやっていた皆さん、なんとなくやりそびれていた皆さん、そして、なによりも男性の皆さん、京都に住んでいればこそ、本当に身近に経験できるんですから、始めてみられることをおすすめしますよ。
そんなわけで、これからはじまる茶室にまつわるお話というのは、あくまでも個人的な趣味と思い込み(!)を頼りに進めてみようと思っています。


空間 ところで、茶室についてみなさんどんなイメージをもっておられるでしょう。茶室とは、もちろん、『茶の湯』のための空間なので、そういうもんだと思えば、見過ごしがちなんですが、普通の感覚で、よく考えたらとても不思議な空間だと思いませんか。現代では、女性の教養やたしなみのひとつとして教室が開かれていますが、もともとは男性のためのものであったわけですから、女性でもあんなに狭いのに、そこで何をしていたんだろう。ただの古めかしい小さな空間がなんでこんなに特別なんだろう。ただ、お茶を飲むためだけなのになんて仰々しいんだろう。そもそも、誰がルールを何のためにきめたんだろう。そもそも、女性の花嫁修行のために、といわれますが、めったにお茶をたてることなど、現代生活にはないわけですから、どこがどう修行になるのでしょうか。


こんな素朴な疑問はどんどん出てきますよね。
そこで、私はいつものように、人の生活や暮らしから、茶室というものを考えてみることにしました。案外、はじめは、ものすごい単純な発想だったり、単なるその日の気分でやってしまった偶然が必然となったんじゃないかと思ったりしています。それが、何らかの理由で人々の心を魅了し、受け継がれ、伝統として育まれていった。その最終の地が京都であったということが、都であったという理由だけでなく、この土地特有のふところの深さに理由があるのではないかと思っています。



京都芸術デザイン専門学校専任講師 冨永りょう
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