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2020.07.06

京都を舞台にした小説をはじめ、京都を案内する本、京都の歴史や文化について解説してある本などなど、47都道府県ある中でも「京都」ほど取り上げられている都市はないのではないでしょうか。この連載では、京都で活動するライター2人が交代で、何かしらのカタチで京都が登場する本&本を通して見る「京の町」を紹介します!

 

今回の担当=油井やすこ

 

京都生まれの哲学者が語る”ふだん着”の京都

 

『京都の平熱』(講談社学術文庫/鷲田清一)

 

はんなり、みやび、細やかなおもてなし、あるいは、イケズ、ちょっとひねくれてる、などなど…。京都ほど、他所からあれやこれやとイメージを語られる土地はそうそうないんじゃないかと思う。

 

京都育ちの知人たちは「京都って○○だよね」と言われるたびに、「いやあ、そんなことあらへんで」とか「へぇ、そうなんかなあ」などとあいまいな笑顔を浮かべる。「京都のことは、京都が好きなヨソの人のほうがよう知ったはるわぁ」と返ってきたこともあった。今思うとまあまあ強烈な皮肉だ。

 

『京都の平熱』(講談社学術文庫/鷲田清一)は、京都で生まれ育った哲学者・鷲田清一さんによる京都案内である。とはいえ、本書は「暮らすように旅する」などという単なるガイドブックではない。

 

案内ルートは著者が暮らした場所にリンクする京都市バス206番沿い。京都駅から七条通を東へ進み、東大路通りを北進して祇園、岡崎を通り、北大路通から西へ、さらに千本通りから西陣、二条を南へ進んで京都駅に戻る路線だ。

 

<聖><性><学><遊>が入れ子になって、都市の記憶をたっぷり詰め込んでいる路線

に乗り込み、生まれ育ったからこそ見える裏の京都、すなわち「平熱の京都」の姿が濃密に綴られていく。平熱といっても、のっぺりと単調なものではなく、むしろ一枚めくれば思いも寄らない姿を見せる、京都の底知れなさが本書にはこれでもかと詰め込まれている。

 

京都人が京都タワーに抱く複雑な想いはまだ序の口で、いきなり案内されるのはラーメン文化や「べた焼」について。著者の子供の頃の記憶や知人に連れられたお店のこと、料理人から聞くハッとするようなひと言から、味とは何かについての考察まで、自由に、滑らかに筆者の思考は広がっていく。

「ものの味わいの判る人は人情も判るのではないかと思いやす」と言った料理人がかつていた。じぶんのために働いてくれているひとへの想いがないと、味はわからないというわけだ。味というものの在り処を考えるとき、これはなかなか身に沁みる話ではある。

 

祇園のいかがわしさとエレガントさ、学生の孤独をくるむ喫茶文化、「着倒れ」と呼ばれる着るものへのこだわりの意味、「おうどん」への思い入れや京都人の胃袋をつかむ無数の店のことなど、バスが進むにつれて、京都の多層な文化や暮らしのありかたが生き生きと浮かび上がる。京都のいたるところにいるという「三奇人」のけったい(奇妙)な逸話の数々は、「それほんまなん(本当なの)?」と思わず聞きたくなるが、まあ京都なので確実にほんまなのであろう。

 

「京都って○○だよね」とステレオタイプな決めつけがいかに愚かなものかを知る一方で、そのように語らずにはいられない魅力をたたえるのもまた、京都という街なのだと思う。

 

本書が刊行された後、京都はインバウンド景気とそれに伴うオーバーツーリズムという問題に直面することになった。さらには、世界中の景色を一変させた新型コロナウイルスによって、本書で描かれた京都もずいぶん様変わりしてしている。

 

本書に名前が挙がっている店は、なくなってしまったり移転したところも多い。緊急事態宣言が解除されたとはいえ、206番に乗り込んで街を周遊することを、心から楽しめる状況になったとは言い難い。それでも、京都はしたたかに平熱を保ちながら、底の知れない日常を紡ぎ続けるのではないか。そんな気持ちにさせてくれる一冊だった。

 

 

本を通して見る「京の町」

 

本書では「下には鴨がいつき、土手の柳も立派で、風情ある区域」と紹介される知恩院西側の行者橋周辺。散策しやすい静かな通りだが、ときには修学旅行生の記念撮影に出くわすこともあって微笑ましい。欄干のない細い橋を、自転車でスイスイと渡る地元の人もいるとか。真似はおすすめしない。

 

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