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手がかりは石碑! 今どうなった?京都の幕末事件簿

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新選組の絶頂期!池田屋事件。そのきっかけとなった「古高俊太郎邸跡」へ

2019/05/09

はじめまして! ライターのちくしともみです。

子どものころから歴史が好きで、ひとつの事柄を掘り下げてみては、「ひょっとしてこうだったのかしら?」「もしこうだったら?」と妄想にふけって楽しんできました

京都は千年の都。歴史の宝庫です。妄想も好きだなけ、し放題です(笑)。どうかみなさん、私の妄想にお付き合いくださいね!

 

第1回は皆さんご存知、池田屋事件からお届けします。とはいえ、いきなり池田屋に行くのではなく、まずは、池田屋事件のきっかけとなった事件が起こった場所へ行ってみましょう!

 

「古高俊太郎邸跡」の石碑は、京都市下京区河原町通四条上ル一筋目東入南側にあります。四条河原町の交差点を北上して、一つ目の路地を東に(右に)入って、少し行った南側(右手)、「志る幸(しるこう)」という汁物のお店があり、その傍らに立っています。

 

四条河原町と言えば、交差点には京都髙島屋や京都マルイがあり、河原町通はファッション、飲食、お土産……なんでも揃うにぎやかな繁華街。

その東側にネオン輝く夜の町、木屋町通。もうひとつ東に先斗町、その向こうが鴨川です。そんな繁華街の路地裏、わりとゴチャゴチャとした一角に石碑がひっそり立っています。

石碑は柵で囲われ、周囲に木が植えてあって、葉でちょっと見えにくいのですが、「勤王 志士 古高俊太郎邸址」と刻まれています。京都市教育会によって昭和のはじめ、1928年に建立されたものです。

「古高俊太郎邸跡」の石碑

 

1864年6月5日朝、この辺りにあった古高俊太郎の家に新選組がやってきて、いきなり逮捕されました。

とはいえ、当時ここは、古高さん家とは呼ばれておらず、表向きは“枡屋喜右衛門”の家でした。枡屋は筑前福岡藩黒田家御用達の商人という由緒ある家柄でしたが、相続問題が起こって後継ぎがおらず、古高俊太郎が7代目喜右衛門として養子に入っていたのです。ですから捕まったのは、“枡屋喜右衛門こと古高俊太郎”です。

 

枡屋を隠れ蓑にしていたくらいですから、古高俊太郎はただの商人ではありません。

出身は近江、現在の滋賀県守山市。父親が京都の毘沙門堂門跡に仕えていていた関係か、洛中に住んでいて、儒学者で、尊王攘夷を訴えた梅田雲浜と交流がある尊王攘夷派の志士でした。梅田雲浜が安政の大獄(幕府による尊王攘夷派の弾圧。1858~1859)で逮捕され、獄死。古高俊太郎も身の危険を感じ、潜伏先を探していたのでしょう。枡屋さんの跡継ぎとして暮らし、攘夷の活動を続けていました。

 

「古高俊太郎が新選組に捕まった!」という知らせを聞いて、慌てたのは長州藩の関係者。

一部は「古高を奪還せねば!」と新選組の拠点である壬生屯所を襲うことを考えたとか。古高俊太郎は長州のお殿様、毛利家の遠い(けっこう遠い)親戚にはあたるようですが、長州藩士ではありません。〝親〟長州の志士がたった1人、捕まっただけ……。なのですが、それだけではすまないのです。

古高俊太郎は、八月十八日の政変(1863年。長州藩と尊王攘夷派の公家が京から追放された)以降勢力を失っていた長州藩と有栖川宮家とを取り次ごうとしたり、尊王攘夷派の浪士たちの手助けをしたり。幕府方には目をつけられる存在でした。いろいろと内情を知っている人物なのです。

 

古高俊太郎は壬生屯所に連れて行かれて…

 

・風が強い日に御所(のあたり)に火をかける

・中川宮と会津松平容保を討つ

 

などというようなことを拷問の末に、自白。……したと言われていますが、実際は池田屋事件以前からそういう噂はあり、古高俊太郎がどの段階で、どの程度話をしたのかは、ビミョウなようです。

 

とにもかくにも、枡屋喜右衛門は攘夷派の古高俊太郎で、とんでもない計画があるということを新選組は京都守護職会津松平家に報告。結果、当日夜の大捜索が決定します。

 

>いよいよ「御用改めである!」。京の町を大捜索

スポット情報

店舗名 旅籠茶屋 池田屋 はなの舞(池田屋跡)
住所 京都市中京区三条通河原町東入中島町82 申和三条ビル
電話番号 075-257-8122
営業時間 月~木 16:00~00:00 / 金 16:00~01:00 / 土 11:30~01:00
日・祝 11:30~00:00(ラストオーダー23:00)
年中無休
交通 京阪 三条駅徒歩約4分
ホームページ https://hananomai-official.com/shop/ikedaya/

地図

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ライター紹介

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ライター: 株式会社文と編集の杜

歴史が好きなライター・瓜生朋美が2013年に設立した編集・ライティング事務所。「読みものをつくること」を業務に、インタビュー、観光系ガイド、広告記事、書籍など、ジャンルを問わず企画・編集・ライティングを行っている。近年は、歴史イベント運営や広報物の制作も担う。2020年オフィスに表現を楽しむスペース「店と催し 雨露」を併設。イベント開催するほか、雑貨の販売も。

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