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手がかりは石碑! 今どうなった?京都の幕末事件簿

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慶応元年、壬生から西本願寺へ。そしてさらに移動して、新選組最後の屯所となった場所は?屯所引っ越し遍歴後編-西本願寺・西九条村-

2022/08/30

お待たせしました!新選組の屯所引っ越し遍歴の後編です。慶応元(1865)年3月上旬、新選組は壬生から西本願寺へ屯所を移転しました。現在、西本願寺境内の北部に、新選組ゆかりの地である太鼓楼の建物と解説板が残っています。西本願寺でどのように生活し、人々とどう関わったのかなどを本願寺史料研究所研究員の小林健太さんにお話を伺いました。

 

本願寺史料研究所は、七条大宮の龍谷大学大宮キャンパス図書館内にあります。近世~明治初期頃の文書を中心に、寺務日記や古文書などを約20万点以上保管し、史料の調査、研究、保存などに取り組んでいます。

 

約200人の大所帯。北集会所での生活

新選組局長の近藤勇
出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」 (https://www.ndl.go.jp/portrait/)

 

小林さんによると、近藤勇をはじめ、新選組の隊士たちが暮らしていたのは、太鼓楼ではなく北集会所という建物だそう。現在は兵庫県姫路市にある本徳寺に移築されていますが、新選組が来るまでは、法要や地方からやってきた大勢の参詣客が待機する場所として使用されていました。

 

「北集会所の広さは約200畳。当時隊士は200人ほどいたといわれていますので、一人一畳くらいのスペース。生活するにはなかなか狭かったのではないでしょうか。また医者の松本良順が西本願寺を訪ねた際に、隊士の約3分の1が病人で驚いたという話も残っています」

 

太鼓楼は、法要が始まる際に鐘や太鼓を鳴らして時間を知らせるのが本来の役割。新選組も太鼓楼を見張りの櫓として使用していました。「法要時に鐘を突くと、その音を合図に、新選組が訓練のための発砲をして門主を苦しめたという話もあります」。新選組、やりたい放題ですね。

 

金銭を貸し出したり、相撲見物に誘われることも!

 

同研究所に残る、新選組とのやりとりを記した『諸日記』を見せていただきました。本願寺の記録を担当する留役所という部署の寺務日誌のうちの一つで、文政9(1826)年~明治4(1871)年頃までの記録が残っています。

 

 

当時の様子を垣間見れる内容がいくつもありますが、なかでも面白いのは、元治元(1864)年3月21日の記述。新選組から西本願寺への金銭の拝借願があったとされています。

 

「これは新選組に500両を貸したという内容。文中に御納戸より二百金とあります。御納戸とはいわゆる会計のこと。200両を西本願寺の会計から出して、残りの300両は別の人から借金をして、合わせて500両を貸したということです」

 

 

500両を現在の価値に換算するといくらになるかは定かではないそうですが、小林さんによると、江戸時代を通じて1両の価値は約10~30万円とのこと。500両なんて、いずれにしても大金です!

 

 

面白い記述はほかにも。

 

「これは新選組が相撲を取る姿を見物に誘われたという内容。おそらくいろいろ要求しているから、パフォーマンスとしてやってあげたのではないかと思います」と小林さん。

 

 

浪士の取り締まりに明け暮れる殺伐とした日々にも、隊士たちで和気あいあいと相撲を取り合う一日もあったんですね。

 

2年3か月ほどを西本願寺で過ごした新選組でしたが、また新たに屯所を移します。その手続きは西本願寺側が行いました。「西本願寺には、僧侶以外に家臣と呼ばれる寺の警備や事務にあたる武士がいました。土地の購入から移ってほしいという交渉まで行っていたのは家臣。実現させた者には褒美が与えられています」と小林さん。

 

やりたい放題されて、困っていたのかもしれませんね。どうしても出ていってほしいという西本願寺の強い思いがうかがえます…。

 

最後の屯所は現在の京都駅のすぐ近く。地名は「西九条村」

 

そして慶応3(1867)年6月15日、新たに屯所を移転。京都駅近くにあるリーガロイヤルホテル京都の前には、屯所跡を示す石碑が建てられています。この場所をめぐっては、これまでさまざまな説がありましたが、令和2(2020)年に屯所が現在のホテル付近にあったということを裏付ける、新選組の屯所移転先に関して記した史料が発見され、同時にその地名が「西九条村」であることも判明しました。

 

西九条村の屯所は約1万平方メートル。菊池明、伊東成郎、山村竜也編『新選組日誌 下』(新人物往来社、1995年)には「表門、高塀、玄関、長屋(中略)勝手好ク美麗ヲ尽シ落成ス」と『新選組始末記』の記述が引用されてあり、かなり立派な建物だったようです。

 

しかしここが使われたのは約6か月とわずか。新選組がこの場所に屯所を引っ越した約4か月後の10月には大政奉還、そして12月には王政復古の大号令がおこるなど、めまぐるしく情勢が変わっていきました。新選組は幕府側として警備のために伏見奉行所へ移ることになりました。

 

新選組のその後はご存知の通り。鳥羽伏見の戦いで敗走し、隊も散り散りとなり事実上の解散、時代は明治へと移っていきます。新選組が京都で活動したのは5年ほど。その活躍は現在でも語り継がれ、根強い人気がありますが、何度も引っ越しをしていることや、当時の記録を見てみると、慕われていたのか、恐れられていたのか、はたまた困った存在だったのか…? そんなことを想像しながら、屯所跡を巡ったのでした!

 

※ここで書いた歴史上の出来事については、諸説あります。この記事は下記書籍や現地看板を参考に、作成したものです。

 

参考図書

菊池明、伊東成郎、山村竜也編『新選組日誌 下』新人物往来社、1995年

 

■龍谷山 本願寺(西本願寺)

住所:京都市下京区堀川通花屋町下る本願寺門前町

電話番号:075-371-5181

営業時間:5:30~17:00

ホームページ:https://www.hongwanji.kyoto/

 

■リーガロイヤルホテル京都

住所:京都市下京区東堀川通り塩小路下ル松明町1番地

電話番号:075-341-1121

ホームページ:https://www.rihga.co.jp/kyoto

 

スポット情報

店舗名 龍谷山 本願寺(西本願寺)
住所 京都市下京区堀川通花屋町下る本願寺門前町
電話番号 075-371-5181
営業時間 5:30~17:00
ホームページ https://www.hongwanji.kyoto/

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ライター紹介

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ライター: 株式会社文と編集の杜

歴史が好きなライター・瓜生朋美が2013年に設立した編集・ライティング事務所。「読みものをつくること」を業務に、インタビュー、観光系ガイド、広告記事、書籍など、ジャンルを問わず企画・編集・ライティングを行っている。近年は、歴史イベント運営や広報物の制作も担う。2020年オフィスに表現を楽しむスペース「店と催し 雨露」を併設。イベント開催するほか、雑貨の販売も。

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