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2020.05.12

京都を舞台にした小説をはじめ、京都を案内する本、京都の歴史や文化について解説してある本などなど、47都道府県ある中でも「京都」ほど取り上げられている都市はないのではないでしょうか。この連載では、京都で活動するライター2人が交代で、何かしらのカタチで京都が登場する本&本を通して見る「京の町」を紹介します!

 

今回の担当=江角悠子

 

美に魅せられた女性を通し、在りし日の京都を思う。

 

『異邦人(いりびと)』原田マハ著(PHP文芸文庫)『異邦人(いりびと)』原田マハ著(PHP文芸文庫)

 

お話が描かれる時代は、ちょうど東日本大震災直後の頃。放射能の心配が続き、外出もままならない東京。そして日本全体が謹慎ムードになっている様子が、まるで新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛が続く今とよく似ていて、読みすすめながら、息苦しさが胸に迫ってくるような感覚があった。

 

物語は春の宵から始まり、紅葉が散って氷雨降る秋の終わりまで続く。新緑の中、平安装束を身にまとった人々が行列する葵祭。真夏の熱気の中、執り行われる祇園祭。季節ごとに京都を象徴する行事が登場するのだが、そのにぎやかな祭の様子を描写した部分を読んでいると、なにか違和感を覚える。

 

あんなに人が密着して、大丈夫なのだろうか?

 

そう、そこはまだソーシャルディスタンスなど、カケラもない世界なのだった。先日、新型コロナウイルス感染拡大予防のため緊急事態宣言が5月31日まで延長された。今年は葵祭の行列も、祇園祭の山鉾巡行も中止が発表されている。いつの日かまた、あの熱気に包まれた祭を見にいける日を夢見ながら、アートをめぐるお話に夢中になった。

 

登場人物は、銀座で老舗ギャラリー「たかむら画廊」を経営する父を持つ篁(たかむら)一輝、そして一輝の妻の菜穂。菜穂の祖父・有吉喜三郎は一代で財をなし、個人美術館を設立。菜穂はそこの副館長を務める。幼い頃から本物に触れ育ってきた彼女の審美眼は素晴らしく、また美に関する執着もすごい。名の通った作家であろうとなかろうと、気に入った作品なら100万円を超えていても、ポンと払って自分のものにしてしまう。

 

妊娠中の菜穂は、胎児への放射能の影響を考えた夫や両親に説得され京都へ。知人も少なく、いやいや滞在していた菜穂だったが、書道家・鷹野せんの自宅に仮住まいさせてもらうようになってから、しだいに輝きを取り戻していく。せんと一緒に行動することで、今まで決して知ることのできなかった奥深い京都を知っていく菜穂。そして、心奪われる絵を描くまだ無名の画家・白根樹(しらね たつる)との出会いから、瞬く間に菜穂の人生が加速する。

 

白根樹は、京都画壇の大家・志村照山の内弟子だった。だが、照山は白根樹をなかなか表に出そうとしない。才能の開花を隠ぺいしようとする照山。それでも画壇デビューをしていない白根樹の絵に魅せられ、もっと活躍してほしいと願う菜穂。さらに、白根樹は幼い頃の病気がもとで発声ができないという。ままならない現実と深まる謎。

 

そして、夫の勤めるギャラリー「たかむら画廊」の経営危機。菜穂が副館長をする「有吉美術館」の閉鎖。菜穂と一輝、章ごとに語り手が入れ替わりつつ、畳みかけるようにさまざまな出来事が起こり、互いに交錯しながら物語が展開していく。その中でも一際光っていたのが、菜穂の美を追求するどん欲さだった。自分が「よい」と感じた感性をひたすら信じて追い求め、邪魔をするものは夫でさえ蹴散らしていく。その確信に満ちた行動力は、ときに狂気すら感じさせる。それでも、そこまで夢中になれるものがある。そこまで自分の感性を信じられる菜穂が羨ましいと思う。そして、最後の最後に明かされる白根樹と菜穂の秘密。どうしようもなく惹かれたのは、審美眼などではなく、もはや運命だったのか…!コロナウィルスなどない、人と人が密接にやり取りをしていた在りし日の京都を思いながら、一気に読み終わった。

 

本を通して見る「京の町」

元のレトロな姿も残しつつ、新しく生まれ変わった京都市京セラ美術館

 

京都国立近代美術館や、ロームシアター京都、京都府立図書館、そして今年の春にリニューアルオープンする予定だった京都市京セラ美術館と、文化的な建物が建ち並ぶ岡崎エリア。この数年の間で整備が一気に進み、平安神宮前の参道は歩行者専用となったほか、芝生の広がる気持ちのいい空間が広がり、のんびり散策するには最高に気持ちがいい京都市民憩いの場となっている。最近始まった、毎月ほぼ10日に開催される古道具市「平安蚤の市」には、世界中の古いものを愛する人の交流の場となっている。いまや開催中止・臨時休館しているところばかりだが、ソーシャルディスタンスを守りつつ、散歩する程度ならきっと許されるはず。

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