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京菓子 京都の和菓子

大原女家
大原女家
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
かま風呂は、独自の製法によって柚子を調合した香り高い白餡を、オリジナルの生地で包み、かま風呂をかたどった可愛らしい意匠を纏っている。大原女家の看板菓子として、今なお絶大な人気を誇る名品である。
豆政
豆政
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
初代・角田政吉が明治十七年、京都特産のエンドウ豆を選んで炒って、当時は白色しかなかったものに四色を加え、五色の衣を着せたものを夷川五色豆として売り出すようになる。
亀末廣
亀末廣
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
亀末廣を代表する商品「京のよすが」は、四畳半に区切った秋田杉の箱に、季節感あふれる干菓子や有平糖、半生菓子などが彩り良く詰め合わされたもの。季節に応じて内容が変るため、常連客は心をときめかせながら店を訪れるという。
満月~阿闍梨餅(あじゃりもち)~
満月~阿闍梨餅(あじゃりもち)~
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
満月の名声を不動のものとしたのは、二代目当主が開発した「阿闍梨餅(あじゃりもち)」であろう。餅米をベースに、氷砂糖や卵といった様々な素材を練り合わせた生地に、丹波大納言小豆の粒餡を包んで焼いた半生菓子で、しっとりとした皮とあっさり風味の餡が見事に調和した逸品だ。
総本家河道屋
総本家河道屋
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
河道屋の代表銘菓である「蕎麦ほうる」が開発されたのは明治初期。中興の祖・河道屋安兵衛が、蕎麦づくりの技法に南蛮菓子の要素を取り入れて開発したもので、以来、万人に愛される銘菓として珍重されてきた。
松屋常盤
松屋常盤
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
京都御所の堺町御門から南北の通りを南に下ったあたりにたたずむ菓子舗。創業は、承応年間といわれ当時から御所や大徳寺、茶道の家元などに和菓子を納めてきた。代表的な銘菓の味噌松風も、大徳寺住職だった江月和尚だったと伝えられる。
亀屋陸奥
亀屋陸奥
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
亀屋陸奥の「松風」は江戸期から現在に至るまで西本願寺の御用菓子に採用されるとともに、京銘菓として多くの人々から愛され続けているのである。
京華堂利保
京華堂利保
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
「濤々」は、上下二枚の麩焼き煎餅で、刻んだ大徳寺納豆を練り込んだ餡をはさんでおり、菓子の表には、白い渦巻模様が力強く一筆で描かれている。
亀屋伊織
亀屋伊織
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
創業以来、情趣あふれる干菓子を専門に商ってきた亀屋伊織では、今も、伝来の技術を継承した十七代目の主人が、一人で菓子をつくり続けている。
三條若狭屋
三條若狭屋
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
三條若狭屋の「祇園ちご餅」、京の夏を代表する祇園祭の行事にちなんで初代が考案した京名物にふさわしく人気の高い名菓である。
亀屋良長
亀屋良長
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
亀屋良長は京菓子の名門と謳われ、一時は江戸にまで名を知られた菓子司・亀屋良安から、暖簾分けするかたちで享和三年に創業。以来、日本の習慣に息づき、四季に応じた和菓子を、彩り豊富につくり続けてきた。
笹屋伊織
笹屋伊織
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
同店の代表銘菓として名高い「どら焼」は、百数十年前に五代目伊兵衛が創出したもの。東寺の僧と親交があった五代目は、僧侶の副食となる葉子づくりを依頼され、寺にあった銅鐸を熟して皮を焼き、その皮で棒状に練ったこし餡を何重にも巻いてつくる梓物の菓子を発案した。
亀屋良永
亀屋良永
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
代表銘菓の「御池煎餅」は、サクサクと口の中でほどける淡泊な食感でありながら、醤油の風味がほどよく効いていて、茶菓子としても好まれる逸品である。
聖護院八ッ橋総本店
聖護院八ッ橋総本店
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
八ッ橋といえば、本来は焼き菓子であるが、近年はつぶ餡の入った生八ッ橋の「聖」が人気を集めている。生八ッ橋とは、八ッ橋を焼く前段階の蒸した状態のもの。
亀屋清永
亀屋清永
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
亀屋清永の代表的銘菓といえば清浄歓喜団。白檀、竜脳、桂皮末など七種の香を練り込んだ皮に餡を包み、上質の胡麻油で揚げた贅沢な逸品。奈良時代に遣唐使によって伝わった唐菓子を、代々作り続けてきたのである。
嘯月
嘯月
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
嘯月がつくる生菓子は季節感にあふれ、品格があり、そしてどれも一様に美しい。中でも、四季折々の山道の風情を表した「山みち」は、嘯月の代表銘菓として知られており、茶会等に使用されることが多い。
鍵善良房
鍵善良房
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
厳選された吉野本葛を用いてつくられたくずきりは、輪島塗りの器に氷片とともに入っている。見た目に涼しげで、喉ごしがよく、黒蜜との相性も素晴らしい逸品だ。
するがや祇園下里
するがや祇園下里
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
祇園豆平糖の、香ばしく上品な甘みは、絶妙のタイミングを見計らう職人の勘によって醸し出されるのである。
百万遍かぎや
百万遍かぎや
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
ときわ木、野菊、黄檗柴の三つを詰め合わせた百万遍かぎやの銘菓三撰を「洛三彩」と称している。昔ながらの伝統の味と、新しさにチャレンジした味を、合わせて楽しめるのが喜ばれているようだ。
末富 京菓子
末富 京菓子
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
一般向けの日常の菓子として発案されたのが、末富の名物菓子ともなった野菜せんべい。和菓子と京野菜とをうまくドッキングさせた、いってみれば発想の妙といえるが、それを京菓子として通用する商品として完成させるには、相応の工夫が必要だっただろう。
虎屋
虎屋
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
羊羹といえば虎屋、と言われるほどの名店であり、老舗でもある。また、虎屋饅頭も古い歴史を持ち、鎌倉時代、宋留学を終えて帰国した聖一国師(東福寺の開祖)が伝えた製法の流れをくんで現在も作られている。
御ちまき司川端道喜
御ちまき司川端道喜
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
伝統を持つ川端道喜の名物は、言わずと知れた「道喜粽」である。吉野葛の持ち味が生かされた「水仙粽」と、こし餡を練り込んだ「羊羹粽」の二種類があり、上品でしっとりとした風味に仕上がっている。
千本玉壽軒 京菓子
千本玉壽軒 京菓子
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
千本玉壽軒の代表銘菓「西陣風味」は、西陣織の美しさをモチーフに創出された、詩情あふれる菓子である。
二條若狭屋
二條若狭屋
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
二條若狭屋の代表的銘菓といえるのが、やはり初代の考案した家喜芋。丹波山芋(つくね芋)を主原料にした皮で餡を包んで軽く焼いた菓子。餡はこし餡、つぶ餡、白餡の三種類がある。
竹濱義春老舗
竹濱義春老舗
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
幕末の激動のなかで京が再び政治の舞台に登場し、世の中が沸騰しはじめていた文久元年(一八六一)の創業。名物の真盛豆は、創業当時からつくり続けられてきた豆菓子である。
塩芳軒
塩芳軒
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
聚楽第が天正年間に築かれたことから、銘菓「聚楽」には「天正」の文字が押してある。甘過ぎず上品な風味のこし餡は、聚楽専用に特別に配合されたもの。
本家玉壽軒
本家玉壽軒
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
本家玉壽軒の代表銘菓は、紫野大徳寺の地名を取って名付けられた「紫野」で、大徳寺門前の一久がつくる大徳寺納豆を、和三盆の落雁の衣で包んだものだ。
総本家駿河屋
総本家駿河屋
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
今日に伝わる「煉羊羹」が完成。慶長四(一五九九)年の発売以後、煉羊羹は鶴屋を代表する銘菓として評判が高まり、その後の和菓子界に大きな影響を与えてきたといえる。
長五郎餅本舗
長五郎餅本舗
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
太閣・秀吉が命名した珠玉の羽二重餅
本家月餅家直正
本家月餅家直正
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
昔の粋人、茶人は料理でも菓子でも自分でつくることができた。そこで菓子屋をはじめたのが、つまりは月餅家直正の起こり。しかも、随分と器用な人であったらしく、生菓子しかなかった当時に、オーブン釜を発明して餡入りの焼菓子をはじめたのである。
長久堂
長久堂
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
初代が丹波に帰郷した折に、織り上げた絹をやわらげて艶を出すために打つ砧の音に感じ入り、銘菓「きぬた」を考案した。反物を象ったデザインで、芯の部分に羊羹を用い、白い絹に見立てた求肥を巻き、和三盆をまぶしてある。
鶴屋吉信
鶴屋吉信
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
屋号を現在の「鶴屋吉信」と定めたのは、三代目・伊兵衛の時代。吉は「吉兆」、信は「信用」を意味しており、同店の菓子づくりにかける真心を表わしているという。
本家尾張屋
本家尾張屋
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
「そば餅」は、そば粉をたっぷり使った上皮でこしあんを包み、天火焼き上げた上品な味わいの饅頭である。 そば餅は、発売当初より京の人々の間でたいへんな人気を集めた。
植村義次
植村義次
2007年11月 1日アップ  2007:11:01:12:00:00
植村義次は、京都で唯一「洲洛」を専門につくり続けてきた店である。洲浜という菓子の起源をたどると、鎌倉時代につくられたともいわれ、和菓子の中では本来スタンダードな部類に入る。