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もてなしを受ける愉しみ

「瓢亭」

ひょうてい
■所在地

京都市左京区南禅寺草川町35

■電話

075~771~4116

■営業時間

朝粥(7月~8月) AM8:00~AM10:00
うづら粥(12月~3月15日) AM11:00~PM2:00
懐石料理 AM11:00~PM7:30

■定休日 第2、4火曜日(月により変更になります)
■席 4棟合わせて7組、約60人
■お料理 朝粥6,000円、うづら粥12,100円、
懐石料理(昼)23,000円~ (夜)27,000円~
■その他 カード支払い可
南禅寺総門外松林の茶店にはじまる

 かつて東山の麓には松林が広がり、その裾野に草川や白川など数多くの小川が流れていた。元禄の中頃つまり今から三百年ほど前のこと、深い緑と清流に恵まれたこの地で、南禅寺境内の門番所のひとつが掛け茶屋を始めた。「瓢亭」と名のって料亭の暖簾を揚げたのは、さらに下って1837年のことだという。1864年に出された京の名所案内書『花洛名勝図絵』には、松林の中の南禅寺参道で、煮抜き玉子で知られる「瓢亭」と、湯豆腐を名物とする「丹後屋」が路地をはさんで店を構える様子が描かれており、当時から名を馳せていたのがわかる。
 明治になり、「丹後屋」の地は風雅な無鄰庵(むりんあん)庭園となった。瓢亭は無鄰庵の持ち主だった明治の元勲・山縣有朋や頼山陽ら文人墨客に愛され、懐石料理の老舗として今に至っている。

数寄屋建築に足をふみいれる
 岡崎通りの南禅寺総門をくぐり東へしばらく行くと、左手に建仁寺垣がつづき、瓢亭のこけら葺きの主屋が見えてくる。道に面した土間にはわらじ、笠、水がめ、しょうぎ等が置かれていて、茶屋だったころの佇まいを残している。案内されて土間の左手から庭に入ると、茶席でいうところの供待腰掛(ともまちこしかけ)、そして細い苑路の畳石を踏みながら、茶庭の奥へと歩を進めていく。
 瓢亭は一時に大人数を収容する大料亭ではない。茶室風の建物を配したいわゆる数寄屋(すきや)造りで、客用の棟は「探泉亭」「くずや」「新席」「広間」の五つのみ。いちばん広い「広間」でも二間合わせて十二畳。建物どうしも触れ合うほど近くに建つが、間には無鄰庵から流れてくる疎水の水や池が縫うように入り込み、各棟に入ると数寄屋独特の隔絶した独立空間になっているのがよくわかる。
朝粥のおこり
 14代目当主の高橋英一さんの長男、義弘さんは大学卒業後3年間金沢の料亭で修行し、京都に戻って2年になる。老舗懐石料亭の次代を担う人物だ。その若さは老舗の重圧をも力に替え、父の技を研究し自分のなかに取り入れることに余念がない。料理の話をうかがうと目を輝かせて話してくれた。野菜についてはとくに思い入れが感じられる。春は筍、夏は賀茂なす、秋は聖護院かぶら、冬は海老芋等々、瓢亭では契約した農家から京の伝統野菜などを直接仕入れている。促成のものとは味も栄養もまったく違うとのことだ。また当主は実際に畑に行き、頃合いのいいものだけを仕入れる。だから「ささげ」「田中唐辛子」など量産していない良い京野菜がふんだんに供されるのだ。
 懐石料理とともに、瓢亭の味として有名なのが夏の「朝粥(あさがゆ)」、冬の「うづら粥」である。朝粥について義弘さんはおもしろいエピソードをきかせてくれた。明治初期、祇園界隈で夜遊びした旦那衆が朝帰りに、円山公園、知恩院と歩いて来て、朝飯を食べさせろと店の雨戸をドンドン叩くので、粥を作って出したのが朝粥の始まりだとか。なんとも粋なことから始まったものだ。
 さて、朝粥といってもそこは瓢亭。ふっくらと炊かれた白粥には醤油風味の葛あんをかける。瓢(ひさご)型で三段の重ね鉢はじめ、椀物、焼き物、そして名物・煮抜きの瓢亭玉子などがつく立派な献立である。懐石ではないが、歴史とこだわりの味を堪能できるメニューである。
懐石料理をいただく

先付


向付


ぐじ麺

八寸

冷やしとろろ

冬瓜づつみ冷製あんかけ
 瓢亭で主屋とともにもっとも古い建物「くずや」に案内された。次の間と四畳半から成っている。次の間の壁床柱には小さな花が生けられている。奥が四畳半。茶室ならではの落ち着きがある。大人が立つとつかえそうなほど低い天井は、黒光りした竹と木が美しい格子を描く掛込天井になっている。隅には小さいながらも深い床があり、季節の茶花がさりげなく飾られている。これも当主が丹精込めて育てたものだ。

 今日の献立を紹介しよう。まずは膳に先付二品と向付がそれぞれガラスの器で配された。鱧、生うに、枝豆を透明な煮こごりでまとめた皿は、目にも涼やか。柊野ささげの黒ごま和は、山椒の風味がぴりりときいている。瓢亭の向付は、明石鯛と決まっている。これをへぎ造りでいただいた。
 次からはひと品ずつ給仕される。煮物椀の「ぐじ麺」は温かい澄まし汁に、ぐじ、素麺、そして蛇の目に切られたきゅうりが美しい装いをつくっている。香ばしく焼かれたぐじも旨いのだが、なにより出汁が絶品。瓢亭の味というのだろうか、しっかりとした旨味とこくが凝縮された味だ。
 八寸は見た目にも楽しいとりどりの品が盛り付けられている。ここに瓢亭玉子が供されてきた。つまりは半熟玉子を半分に切ったものなのだが、実に不思議。白身は中までしっかり固まっているのに、黄身はとろとろにやわらかい。黄身がちょうど真ん中に座っている。口に入れると、玉子本来の甘みがひろがった。新ぎんなんや、さつまいもを栗に見立てたものなど、先取りの秋を演出したひと皿だ。
 箸休めの「冷やしとろろ」にはアワビの酒蒸しが潜んでいた。焼物にはカマスの酒盗焼きをいただいた。
 炊合わせは「冬瓜づつみ冷製あんかけ」である。ほどよい味付けの冬瓜に車海老、鰻、百合根、木耳が包み込まれている。上品な薄味のあんは、冬瓜の邪魔をせずやさしく守るといった具合になっている。
 時が過ぎるのも忘れてゆっくりと賞味したところで、鮎ごはん、赤だし、水物、そして薄茶で締めくくりとなった。

 瓢亭には数寄の美があちこちにちりばめられている。つまり、さりげないのだが、実は豊かな創意工夫がなされている。しつらえに、生けられた茶花に、そして料理の隅々にまで、もてなしの心を味わい、茶庭に守られた特別な空間でゆったりとくつろげるのである。 (文/花月亜子)

【地図】